トラウマ体験が心と脳に与える影響
心的外傷後ストレス(PTSD)や、長期間にわたる反復的なトラウマによって引き起こされる複雑性トラウマ(C-PTSD)、発達トラウマは、世界中の多くの人々の心身に深刻な影響を与えています。
過去のつらい記憶が突然蘇るフラッシュバックや、常に危険を感じてしまう過覚醒などの症状は、単なる気の持ちようや精神論で解決できるものではありません。
もし、気の持ちようで解決できるのであれば、これほど多くの方が悩む必要はなかったでしょう。
近年の研究では、QEEG(定量的脳波)などを用いることで、トラウマ体験が脳の電気的なネットワークをどのように変化させるかが客観的に可視化されつつあります。
QEEG(定量的脳波)とは脳波データを定量的に解析するツールであり、解析したデータと健常な脳波パターンを比較することもできます。
心理的な苦痛と脳のネットワークのつながりを紐解くことは、トラウマ症状に対するより根本的な改善への第一歩となります。
単発的なトラウマ(PTSD)における脳の過覚醒状態とは
成人期に経験する単一の出来事による心的外傷後ストレス(PTSD)を抱える方のQEEG(定量的脳波)プロファイルでは、脳が常に警戒状態にある「過覚醒」と、脅威に対する「感覚フィルタリングの崩壊」が確認されています。
高周波(ベータ波)の増加と休まらない脳
心的外傷後ストレス(PTSD)を抱える方のQEEG(定量的脳波)において、最も一貫して報告されている所見の一つがベータ波(12〜30Hz)の振幅増加です。
ベータ波の振幅増加は、大脳皮質の興奮性が高く、認知的に極めて高い緊張状態(過覚醒状態)にあることを示しています。
睡眠中の脳波を分析した研究でも、本来は脳が休息状態に入るべきノンレム睡眠中に、速波(ガンマ波やベータ波)の活動が過剰になっていることが報告されています。
睡眠中であっても中枢神経系が完全にオフにならずに脅威を監視し続けている状態が、強い不安や不眠、過警戒につながっていると考えられています。
アルファ波の減衰による感覚フィルタリングの崩壊
ベータ波振幅が増加する一方で、リラックスした覚醒状態で作られるアルファ波(8〜12Hz)振幅は著しく減衰していることが確認されています。
アルファ波は本来、不必要な感覚情報を遮断する「抑制的ゲート機能」の役割を果たします。
つまり外部からの刺激を脳が適切にふるいにかけるフィルターのことです。
アルファ波振幅が減少すると、脳は外部環境からの感覚刺激を適切にフィルタリングする能力を失ってしまいます。
感覚刺激をフィルタリングできない結果として、些細な音や環境変化などの微細なシグナルに対して過剰に反応してしまい、持続的な過警戒症状や集中力の低下を引き起こす直接的な要因となっていると示唆されています。
複雑性トラウマ(C-PTSD)発達トラウマに見られる特異な変化
慢性的なトラウマ(虐待やネグレクトなど)に曝露されることが原因となる複雑性トラウマ(C-PTSD)は、単一トラウマによる心的外傷後ストレス(PTSD)とは異なる神経生理学的な変化を示します。
過覚醒から「凍りつき・解離」へのシフトと脳波出力の低下
複雑性トラウマに曝露された青少年のQEEG(定量的脳波)データを分析した研究では、最も際立った特徴として全体的な脳波パワー(RMS)の有意な低下が報告されています。
逃避不可能な慢性的なトラウマに直面し続けた発達段階の脳は、持続的な過覚醒(戦うか逃げるかの反応)を維持することがエネルギー的に不可能になります。
心理的・身体的負荷の限界を超えた神経系は、活動全体をシャットダウンさせる「凍りつき(Freeze)」や、圧倒的な苦痛を切り離す「解離」という強力な防衛メカニズムを選択し、結果として神経電気的な出力(脳波パワー)の低下として定着したものと解釈されています。
恐怖学習の異常とネットワークの分断
複雑性トラウマにおいては、特定の領域(特に右側頭葉)でアルファ波が異常に増加することがあると報告されています。
右側頭葉の活動は恐怖の学習や条件付けと密接に結びついており、恒常的な恐怖の予測と対処を余儀なくされた結果として生じる異常である可能性が指摘されています。
さらに、脳内の異なるネットワーク間の通信が物理的に分断される「低接続性(Hypoconnectivity)」が見られることも確認されています。
低接続性により、感情を司る領域(辺縁系)と、認知や自己調整を司る領域(前頭前野)が切り離されることが、自他の感情状態を理解する能力の低下や重篤な解離症状の背景にあると示唆されています。
脳のネットワークから見る「フラッシュバック」と「自己喪失」
QEEG(定量的脳波)の高度な解析アルゴリズム(sLoreta)を用いると、頭皮上の電位だけでなく、脳深部のネットワークの機能不全も可視化することができます。
デフォルトモードネットワーク(DMN)とサリエンスネットワーク(SN)の機能不全
トラウマ関連において特に重要なのが、デフォルトモードネットワーク(DMN)とサリエンスネットワーク(SN)の機能不全です。
デフォルトモードネットワーク(DMN)とは、自己を振り返ったり、自伝的な記憶を整理したりする際に関与する脳の回路です。
研究によると、心的外傷後ストレス(PTSD)を抱える方では、デフォルトモードネットワーク(DMN)への結合性が低下していることが確認されています。
結合性の低下により、安静にしていても「安全な自分」を感じられず、過去のフラッシュバック(侵入的思考)に容易に支配されてしまうと考えられています。
一方で、外界の大きな音や危険、身体内部の動悸などを「目立つ(サリエントな)情報」として見つける役割のサリエンスネットワーク(SN)は、異常な過活動を示すことが報告されています。
脅威に対して過敏に反応するサリエンスネットワーク(SN)の過活動と、感情を制御すべき前頭前野の機能低下という神経回路のアンバランスが、トラウマ特有の情動不安定性を引き起こしていると示唆されています。
QEEG(定量的脳波)指標を活用した個別化された心理療法への応用
QEEG(定量的脳波)によって明らかになった客観的なデータは、これまでの心理的アプローチだけでは改善が難しかった複雑なトラウマに対して、お一人おひとりに適したサポート計画やトレーニング方針を構築する基盤となります。
学習を基盤とする心理療法「ニューロフィードバック」の可能性
トラウマ体験が単なる嫌な記憶として心に留まるだけでなく、恐怖を処理する脳のネットワークの変容や、神経系の持続的な過覚醒といった物理的な変化を引き起こすため、話を聴いて思考を整理する「心理カウンセリング」だけでは足りなくなることがあります。
リアルタイムの脳波をモニターしながら、クライアント様自身がゲームの進行や音のフィードバックを通じて望ましい脳波の状態を学習し、脳のネットワークを自己調整していくニューロフィードバックでは、例えば、感覚運動リズム(SMR)と呼ばれる脳波を強化し過覚醒症状やビクつきを緩和するなど、直接的に脳へ働きかけます。
ニューロフィードバックは一律ではなく、多様なトラウマがあるように、ニューロフィードバックにも多様な方法があります。
どのような手法があるかは別記事でご案内していますので、別記事もご参照ください。
まとめ
心的外傷後ストレス(PTSD)や複雑性トラウマ(C-PTSD)、発達トラウマによるフラッシュバック、過覚醒、解離などの症状は、決してご自身の意志の弱さが原因ではありません。
慢性的なストレスが、環境からの感覚入力を処理する脳のネットワークの結果としても生じています。
当施設では、QEEG(定量的脳波)を用いて脳のネットワークの状態を客観的に評価し、心理学と脳科学(神経科学)の両面からサポートを行っています。
薬物治療や心理カウンセリング、認知行動療法(CBT)やEMDRなどの具体的な心理療法に加えて、同じく心理療法の一つであり脳のネットワークに直接働きかけるニューロフィードバックを組み合わせることで、症状改善の助けになる可能性があります。
現在のご自身の状態を客観的に知りたい方、あるいは過去に受けてきたアプローチで限界を感じている方は、ぜひ一度、初回面談をご検討ください。
専門家が丁寧にお話を伺い、データに基づいた最適なご提案をいたします。
よくある質問
- Q.QEEG(定量的脳波)を受けると、トラウマの原因となった過去の出来事すべてが分かるのでしょうか?A.QEEG(定量的脳波)は、脳の電気的なネットワークの状態や過覚醒のパターンを客観的に可視化するツールですが、トラウマの具体的な出来事の内容や原因そのものを特定・推測するものではありません。QEEG(定量的脳波)から得られたデータは、現在抱えている心理的な苦痛が脳内でどのように処理されているかを理解し、一人ひとりに合ったニューロフィードバックの計画を立てるための指標として使用されます。
- Q.ニューロフィードバックを受ければ、複雑性トラウマによる症状は完全に治りますか?A.心理療法や神経科学のアプローチにおいて、症状の完全な治癒をお約束することはできません。ニューロフィードバックは、トラウマによって変化した脳のネットワークを学習によって再調整し、感情や身体のコントロール能力(自己調整能力)を回復させるためのサポートを行う心理療法です。薬物治療や、認知行動療法(CBT)、EMDRなどの心理療法とニューロフィードバックを組み合わせることで、トラウマ症状の段階的な改善を促すことができます。

