トラウマ体験が心と脳に与える影響
心的外傷後ストレス(PTSD)や、長期間にわたる反復的なトラウマによって引き起こされる複雑性トラウマ(C-PTSD)、発達トラウマは、世界中の多くの人々の心身に深刻な影響を与えています。
過去のつらい記憶が突然蘇るフラッシュバックや、常に危険を感じてしまう過覚醒などの症状は、単なる気の持ちようや精神論で解決できるものではありません。
もし、気の持ちようで解決できるのであれば、これほど多くの方が悩む必要はなかったでしょう。
近年の研究では、QEEG(定量的脳波)などを用いることで、トラウマ体験が脳の電気的なネットワークをどのように変化させるかが客観的に可視化されつつあります。
QEEG(定量的脳波)とは脳波データを定量的に解析するツールであり、解析したデータと健常な脳波パターンを比較することもできます。
心理的な苦痛と脳のネットワークのつながりを紐解くことは、トラウマ症状に対するより根本的な改善への第一歩となります。
内容に間違いがあったため、内容を修正しています。大変、申し訳ございません。
単発的なトラウマ(PTSD)における脳の過覚醒状態とは
成人期に経験する単一の出来事による心的外傷後ストレス(PTSD)を抱える方のQEEG(定量的脳波)プロファイルでは、脳が警戒状態にある「過覚醒」や、脅威に対する「感覚フィルタリングの機能不全」に関する研究が進められています。
高周波(ベータ波)の活動に関する一貫性のない研究結果
古典的な心理生理学の文献においては、ベータ波(12〜30Hz)のパワー増加が過覚醒や皮質の過興奮を示す指標として扱われてきました。ベータ波の増加は、認知的に極めて高い緊張状態にあることを示唆しています。
しかし、厳密にデザインされた近年の比較研究を精査すると、心的外傷後ストレス障がい(PTSD)におけるベータ波の活動については、結果が一貫していないことが明らかになっています。
Kimら(2018)の研究によると、心的外傷後ストレス障がい(PTSD)を抱える方の脳波所見は研究ごとに結果が異なり、必ずしも一貫していないことが指摘されています。
また、Insanaら(2012)の研究では、心的外傷後ストレス障がい(PTSD)の過覚醒を反映して睡眠中のベータ波が増加するという仮説を立てたものの、結果としてベータ波の有意な増加は支持されませんでした。
さらに、別の先行研究では、症状の重症度とベータ波が負の相関を示した例も報告されています。
Newson & Thiagarajan(2019)のレビュー論文によると、研究結果が混在する背景には、頭部や頸部の緊張による筋電図(EMG)アーチファクト(ノイズ)の混入や、抗不安薬などの服薬状況がベータ波帯域に直接的な影響を及ぼす可能性が交絡因子として挙げられています。
したがって、「ベータ波が高いから過覚醒である」と一意的に断定することは現時点で困難であり、慎重な解釈が求められています。
アルファ波の減衰による感覚フィルタリングの機能不全
高周波帯域における非一貫性とは対照的に、アルファ波(8〜12Hz)の活動低下に関する指標は、相対的に高い再現性が報告されています。
アルファ波帯域の脳振動は、選択的注意を向ける際に、無関係な感覚情報を処理しないように抑制する役割を果たしています。つまり、アルファ波は外部からの刺激を脳が適切にふるいにかける「感覚フィルター」として機能しています(Foxe & Snyder, 2011)。
Abeles & Gomez-Ramirez(2014)の研究や、Gordonら(2010)の研究によると、心的外傷後ストレス障がい(PTSD)などの疾患において、アルファ波の活動が減少(減衰)していることが確認されており、アルファ波の減少が、不要な感覚刺激を抑制する「感覚フィルタリング」の機能不全(impairment)に関連していると報告されています。
感覚フィルタリングが機能不全に陥った結果として、些細な音や環境変化などの微細なシグナルに対して過剰に反応してしまい、持続的な過警戒症状や集中力の低下を引き起こす要因となっていると示唆されています。
複雑性トラウマ(C-PTSD)発達トラウマに見られる特異な変化
慢性的な虐待やネグレクトなどに曝露されることが原因となる複雑性トラウマ(C-PTSD)や発達トラウマは、単一の出来事による心的外傷後ストレス障がい(PTSD)とは異なる神経生理学的な変化を示すことが研究で報告されています。
脳波パワー(RMS)の低下と「凍りつき」の防衛反応
Fisherら(2016)の研究をはじめとする複雑性トラウマに関する文献では、全体的な脳波パワー(RMS:全電極における平均振幅)の顕著な低下が観察されています。
逃避不可能な慢性的なストレスに直面し続けた発達段階の脳は、持続的な過覚醒(戦うか逃げるかの反応)を維持することがエネルギー的に困難になります。
心理的・身体的負荷の限界を超えた神経系は、活動全体をシャットダウンさせる「凍りつき(Freeze)」や、圧倒的な苦痛を切り離す「解離」という消極的適応メカニズムを選択し、結果として神経電気的な出力の低下として定着していると考えられています。
ネットワークの低接続性と解離症状の背景
Imperatoriら(2014)の研究では、複雑性トラウマ(C-PTSD)において、脳内の異なるネットワーク間の通信が物理的に低下する「低接続性(Hypoconnectivity)」が見られることが確認されています。
低接続性により、感情を司る領域(辺縁系)と、認知や自己調整を司る領域(前頭前野)の情報の統合が阻害されることが、自他の感情状態を理解する能力の低下や、重篤な解離症状(自己と外界が切り離された感覚)の背景にあると示唆されています。
ただし、当施設のデータでは、必ずしも「低接続性(Hypoconnectivity)」となるとは限らないため、一意的に断定することはできません。
脳のネットワークから見る「フラッシュバック」と「自己喪失」
QEEG(定量的脳波)の高度な解析アルゴリズム(sLoreta)を用いると、頭皮上の電位だけでなく、脳深部のネットワークの機能不全も可視化することができます。
デフォルトモードネットワーク(DMN)の機能不全
トラウマ関連において特に注目されているのが、デフォルトモードネットワーク(DMN)の異常です。デフォルトモードネットワーク(DMN)とは、自己を振り返ったり、自伝的な記憶を整理したりする際に関与する脳の回路のことです。
Bluhmら(2009)の研究によると、心的外傷後ストレス障がい(PTSD)を抱える方では、デフォルトモードネットワーク(DMN)の中心的なハブである「楔前部(Precuneus)」における機能的結合性の著しい低下と過活動が確認されています。
機能的結合性の低下により、安静にしていても「安全な自分」を感じられず、自己意識の統合が妨げられることで、過去のフラッシュバック(侵入的思考)に容易に支配されてしまう生理的基盤となっていると考えられています。
また、Todderら(2012)の研究では、定量的脳波(QEEG)の正中線(前頭部や頭頂部の中心ライン)においてシータ波(4〜8Hz)の過剰な振幅が報告されており、未処理のトラウマ記憶が無意識下で検索・処理され続けている状態を示唆しています。
サリエンスネットワーク(SN)の機能不全
外界の大きな音や危険、身体内部の動悸などを「目立つ(サリエントな)情報」として見つける役割のサリエンスネットワーク(SN)は、異常な過活動を示すことが報告されています。
脅威に対して過敏に反応するサリエンスネットワーク(SN)の過活動と、感情を制御すべき前頭前野の機能低下という神経回路のアンバランスが、トラウマ特有の情動不安定性を引き起こしていると示唆されています。
QEEG(定量的脳波)指標を活用した個別化された心理療法
QEEG(定量的脳波)によって明らかになった客観的なデータは、これまでの心理的アプローチだけでは改善が難しかった複雑なトラウマに対して、お一人おひとりに適したサポート計画やトレーニング方針を構築する基盤となります。
学習を基盤とする心理療法「ニューロフィードバック」の可能性
トラウマ体験が単なる嫌な記憶として心に留まるだけでなく、恐怖を処理する脳のネットワークの変容や、神経系の持続的な過覚醒といった物理的な変化を引き起こすため、話を聴いて思考を整理する「心理カウンセリング」だけでは足りなくなることがあります。
リアルタイムの脳波をモニターしながら、クライアント様自身がゲームの進行や音のフィードバックを通じて望ましい脳波の状態を学習し、脳のネットワークを自己調整していくニューロフィードバックでは、例えば、感覚運動リズム(SMR)と呼ばれる脳波を強化し過覚醒症状やビクつきを緩和するなど、直接的に脳へ働きかけます。
van der Kolkら(2016)のランダム化比較試験(RCT)では、心的外傷後ストレス障がい(PTSD)に対するニューロフィードバックにおいて、症状の改善と脳波同期の回復が報告されています。
また、Kluetschら(2014)の研究では、アルファ波を強化するニューロフィードバックを実施した後に、デフォルトモードネットワーク(DMN)の神経可塑的変容(脳の回路が再構築されること)が確認されています。
ただし、ニューロフィードバックの手法は一律ではありません。定量的脳波(QEEG)プロファイルの個体差や、筋緊張などのアーチファクトを慎重に考慮し、専門家が適切なプロトコルを選択する必要があります。
どのような手法があるかは別記事でご案内していますので、別記事もご参照ください。
まとめ
心的外傷後ストレス障がい(PTSD)や複雑性トラウマ(C-PTSD)、発達トラウマによるフラッシュバック、過警戒、解離などの症状は、ご自身の意志の弱さや性格の問題ではありません。慢性的なストレスが、環境からの感覚入力を処理する脳のネットワークに影響を与えた結果として生じていると考えられています。
当施設では、定量的脳波(QEEG)を用いて脳のネットワークの状態を客観的に評価し、心理学と脳科学(神経科学)の両面からサポートを行っています。
薬物治療や心理カウンセリング、認知行動療法(CBT)やEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、TF-CBT(トラウマフォーカスト認知行動療法)などの具体的な心理療法に加えて、同じく心理療法の一つであり脳のネットワークに直接働きかけるニューロフィードバックを組み合わせることで、症状改善の助けになる可能性が研究されています。
現在のご自身の状態を客観的に知りたい方、あるいは過去に受けてきたアプローチで限界を感じている方は、ぜひ一度、初回面談をご検討ください。専門家が丁寧にお話を伺い、データに基づいた最適なご提案をいたします。
参考文献
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- 内容: アルファ波ニューロフィードバックが扁桃体機能的結合性およびDMN深部構造へ及ぼす変容効果の解析。
よくある質問
- Q.トラウマによるフラッシュバックは、自分の意志が弱いから起こるのでしょうか?A.決してご自身の意志の弱さが原因ではありません。フラッシュバックなどの症状は、未処理のトラウマ記憶が脳のネットワーク(デフォルトモードネットワークなど)に影響を与え、過去の恐怖が無意識下で再生され続けてしまう神経生理学的な現象であることが研究で示唆されています。
- Q.定量的脳波(QEEG)では、どのようなことが分かるのでしょうか?A.定量的脳波(QEEG)は、頭皮上の脳波データを定量的に解析し、健常なデータと比較することで、感覚フィルタリングの機能不全(アルファ波の減衰など)や、ネットワークの低接続性といった、脳の電気的な活動状態を客観的に可視化することができます。客観的なデータは、最適なサポート方針を立てるための指標となります。
- Q.ニューロフィードバックを受ければ、複雑性トラウマは必ず改善しますか?A.脳機能と心理の関係には未解明な部分も多く、どのような心理療法であっても「必ず改善する」と断定することはできません。しかし、定量的脳波(QEEG)に基づくニューロフィードバックは、脳のネットワークに直接働きかける学習基盤の心理療法として、他の心理療法と組み合わせることで症状改善の助けになる可能性が研究によって示されています。

